自彊術の始まり

日本最初の健康体操である健身術を創った「中井房五郎」という手技療法士は、満州で治療にあたって居た七年間に、古くから中国に伝わる導引術を学び、独自の治療術を確立して帰国する。

透視能力を持った天才的治療家で、医療制度が未だ不充分であった時代に、現在の按摩、指圧、整体、マッサージ等をミックスした数百種に及ぶ手技療法で難病を治したと伝えらている。

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中井房五郎氏。自彊術の解説と実験談から転載。年齢不詳。


東京の両国に治療所を開くと連日大変な評判を呼び、大勢の患者を治療した。その中にいた、医者から見放された難治の病の、十文字大元という実業家が、中井氏の手技療法によって治癒する。

大正5年、十文字大元氏が中井氏に、一人でもできる治療術はないかとたずね、誰にでも自身で治療できるよう31種の動作からなる健康体操を創作して、中井氏が十文字氏に伝授する。

十文字氏はこの体操を広く普及させたいと考え、人間は健康を保つためには、毎日自ら彊(つと)めて休んではいけないという意味で「自彊術」と命名し、文部省で試演発表する。十文字氏は、私財を投じて自彊術道場を建設して無料で開放するほか、全国各地で講演や実演を行う。

昭和初期ごろには、自彊術は日本初の国民体操としてブームを迎えたが、中井氏、十文字氏が亡くなった後は、後継者に恵まれず、自彊術は衰退してしまう。昭和初期にデンマークからきた、ラジオ体操に押されたのも原因のひとつだったとか。

その後、自彊術が再び知られるようになったのは、自彊術普及会初代会長の近藤芳朗医学博士と幸世夫人の努力によるものだ。

自彊術は、身体の健康のみでなく、心の穏やかさ、調和と自力自彊の精神を培うことを通じて、より豊かな人生を得られるもので、ただの体操ではないところに大きな特徴がある。

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現在、自彊術普及会には 約53,000人の会員がいるそうですが、私も動けなくなるまで自彊術を続けたいです。自彊術は自力整体です。

池見酉次郎(いけみゆうじろう)著/自彊術入門より抜粋転載
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